| 立川 志らく(たてかわ しらく)は、江戸・東京の落語の名跡。この名前を名乗った落語家は、5人前後いるとされている。亭号は立川の他に翁家、升々亭などがあった。 朝寝坊志らく - 後∶柳亭左好 朝寝坊志らく - 六代目橘家小圓太が改名 立川志らく - 本記事で詳述 立川 志らく(たてかわ しらく、1963年〈昭和38年〉8月16日 37キロバイト (4,981 語) - 2022年2月25日 (金) 14:46 |
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スポニチアネックス
志らく「笑点よ、一日でも早く無くなってくれ」若い頃の過激な言動を回顧「袋叩きになってしまった」
落語家の立川志らく(58)が26日に自身のYouTubeチャンネルを更新し、日本テレビの長寿番組「笑点」への思いを語った。
志らくは「30歳くらいのときに『全身落語家読本』という本を書いて、笑点批判を繰り広げたんです」といい、「落語っていうのは古典落語、私は名人たちの芸に憧れて落語家になった。でも、世間のイメージは落語=笑点だった。『早く笑点に出られるといいですね』とか言われて、イヤでイヤでしょうがなかったですよ。だから、私は『笑点よ、一日でも早く無くなってくれ』って書いたんです」と、振り返る。
「笑点を批判することで、私は袋叩きになってしまった。絶対、笑点には出るもんかと言い続けていたし、笑点のスタッフも『何があっても志らくは出さない』」と、あつれきが生じてしまった。しかし、年月を重ねるうちに考え方が変わっていったそうで「笑点ってのは大事な番組なんですよね。落語が冬の時代、日本人が落語を忘れなかったのは、笑点のおかげなんですよ。もしなかったら『落語ってなんなの?』ってなっていたかもしれない。先代の(三遊亭)圓楽師匠に謝りたいですね」と、反省する場面もあった。
最後は「あんまり年寄りだけでやってるとね、視聴者もお年寄りってなってくるでしょ。あの時間にね、数回でいいから若手の有望株を並べて、どれだけ面白くなるかチャレンジしてもいいと思いますけどね。まあ生涯、私は笑点に出ることはないと思いますけど」と、話していた。

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