おもしろがり速報

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    タグ:エピソード


    福知山商業高等学校(現・福知山成美高等学校)卒業。NSC8期生。NSC入学後、当時引きこもりだった弟の千原浩史(千原ジュニア)を誘い、お笑いコンビ・千原兄弟を結成。 2002年入籍。その妻はせいじのファンで結婚した。長男がいる。 2007年、芸名を千原せいじに正式に改名した。 デリカシーがないが、その反面社交的で、人間とも動物とも打ち解けるという。
    24キロバイト (3,148 語) - 2022年6月3日 (金) 14:41
    この決めつけはどうなんかなあ・・・・・・・・

    1 muffin ★ :2022/06/30(木) 20:38:43.02
    https://japan.techinsight.jp/2022/06/miyabi06292256.html
    2022.06.30

    「がさつ」「デリカシーがない」と言われる千原せいじの美容室でのエピソードを弟の千原ジュニアが28日深夜放送の『にけつッ!!』(読売テレビ)で語っている。

    その美容室はせいじの友人が経営しており、芸人仲間もたくさん訪れているという。

    その美容室で珍しく一緒になった千原兄弟。ジュニアは20年ぐらい通っているが、初めてせいじと顔を合わせたという。「おお」と挨拶をして様子をうかがっていると、せいじは担当の美容師ではなくお昼休憩になった別の美容師に話しかけていた。彼女はせいじの友人の姉で、もちろん昔からの知り合いだ。

    すると突然、せいじが「何食べんねん」と外に出ようとした美容師に声をかけたそうだ。ケンコバはスタジオで「どうでもエエやん」と笑い、ジュニアも「なんでもエエやん、人様がランチに何を食されようが」と呆れている。彼女は近所で外食する店は行き尽くしているので、

    コンビニで何か買ってきて済ますつもりだったようだ。これを聞いたせいじは「そこに新しいタイ料理屋できてるやんけ、あそこ行ったらええねん」と提案するも、彼女はパクチーが苦手なのでタイ料理は気が進まないらしい。それでも「えっ、タイ料理食われへんの?」とせいじが話を続けたので「私、意外と好き嫌い多くて…」と言いかけた瞬間、「親、料理下手やろ?」と彼は畳み掛けたという。この言葉に鏡越しで「これが実の兄なのか」と信じられない思いだったジュニアだったが、さらにやり取りは続く。

    「私のウチは両親、飲食店やってたから(料理が下手とか)そんなことない」と彼女が言えば、「いや、絶対下手やねん」「子供が好き嫌い多いヤツは、親が料理下手やねん、絶対や!」とせいじは断言する。

    別の美容師に髪を切ってもらっていたジュニアはいたたまれなくなり、シャンプー台で使うフェイスガーゼで顔を覆いたくなるほど恥ずかしかったそうだ。最近は同じ仕事で関西に向かう飛行機でも偶然、兄弟で席が隣り合うこともあり、せいじの言動や周りの視線が気になるジュニアだった。

    【【唖然】千原せいじ まさかの言葉…これは極端すぎるわ・・・wwwwwww】の続きを読む


    爆笑問題 (爆問からのリダイレクト)
    爆笑問題(ばくしょうもんだい)は、タイタンに所属する太田光と田中裕二からなる日本のお笑いコンビ、司会者。略称は爆問、爆笑(さん)など。 太田 光(おおた ひかり、1965年5月13日 - )(57歳) ボケ・ネタ作り担当、立ち位置は向かって右。 埼玉県ふじみ野市出身。 田中 裕二(たなか ゆうじ、1965年1月10日
    93キロバイト (13,635 語) - 2022年6月10日 (金) 14:35
    勿体ない感じ・・・・・

    1 朝一から閉店までφ ★ :2022/06/28(火) 21:30:00.59
    投稿日:2022/06/28 12:03 更新日:2022/06/28 11:52

    6月27日放送の「お笑い実力刃presents 証言者バラエティ アンタウォッチマン!」(テレビ朝日系)では、爆笑問題の太田光さんと田中裕二さんが出演。放送作家の高田文夫さんが田中さんにメッセージを寄せ話題を集めました。





    ■爆笑問題・田中は学生時代からお笑いエリートだった?

    今回は、田中さんと太田さんのエピソードを深掘りすることに。

    日本大学芸術学部(日芸)の在学中に出会った太田さんと田中さん。大学中退後に爆笑問題を結成しました。

    田中さんは、大学時代に太田さんとは別で、東京ギャグポンプという名前でコンビを組み活動していた時期があったとのこと。

    証言者として登場した太田さんの妻・光代さんは「田中は最初別の人と組んで日芸のお祭りみたいなイベントがあってそこで漫才をやってそれで優勝してんの」とコメント。

    日芸OBで審査員を務めていた高田文夫さんにその時のネタは絶賛され、高田文夫賞を受賞したそうです。





    ■田中、山口もえと結婚するためにアレを捨てていた!

    ここで、アンタッチャブル・柴田英嗣さんが高田さんから手紙を預かってきたことを伝えます。

    その手紙には「日芸の学生だった頃の田中を見たが世の中を舐めきった男だなと感じた。コントをやった相方の学生のお笑いセンスに脱帽。『あの時の高田賞のトロフィーどうした?』と田中くんに聞いたら『山口もえちゃんと結婚するんで捨てました』と言っていた」と綴られていました。

    https://coconutsjapan.com/entertainment/post-83742/83742/

    【【衝撃】 爆問田中さん マジで!?こりゃあ、信じられんわ・・・wwwwwww】の続きを読む


    千原 ジュニア(ちはら ジュニア、1974年〈昭和49年〉3月30日 - )は、日本のお笑いタレント、司会者、俳優。お笑いコンビ千原兄弟のボケを担当。相方は実兄の千原せいじ。本名および旧芸名は千原 浩史(ちはら こうじ)。身長180cm、体重60kg。 京都府福知山市出身。吉本興業所属。京都共栄学園
    52キロバイト (7,637 語) - 2022年6月13日 (月) 12:20
    師弟関係だったのか・・・・・

    1 muffin ★ :2022/06/13(月) 22:32:24.00
    https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2022/06/13/kiji/20220613s00041000308000c.html
    2022年6月13日

    お笑いコンビ「千原兄弟」の千原ジュニア(48)が12日放送の日本テレビ「おしゃれクリップ」(日曜後10・00)に出演。師匠と仰ぐお笑いタレント、板尾創路(58)から唯一怒られたというエピソードを明かした。

    ジュニアは「芸人の師匠は板尾創路さん」と尊敬する板尾から「唯一怒られた」できごとを告白。「俺が生意気なテレビの出方をしているのを板尾さんが見て、メシ行こうかと、ご飯に連れて行ってもらった」という。

    「お前のテレビの出方、あれなんや」とつっこまれ「おまえ今、道歩いてきた中でも“あ、ジュニアさんだ”って言われて。お前いくつやねん」と板尾の指摘を明かし「志村けんさん見てみ。あれだけのベテランでも“志村や、志村や”ってみんなに子供たちに呼び捨てにされて、これが芸人のあるべき姿ちゃうんか」と志村けんさんを例に、芸人としての姿勢を教わったという。

    ジュニアは「おっしゃる通りです。ありがとうございました」としみじみ振り返ったが、最後に「店を出たら、高校生が“板尾さんや!”って…」と“オチ”をつけて笑い話にしていた。


    (出典 i.imgur.com)

    【【驚愕】千原ジュニアさん この“オチ”…サスガやなあ・・・・!!!!!!】の続きを読む


    有吉 弘行さんを起用】”. プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES. 2022年1月18日閲覧。 有吉弘行 『お前なんかもう死んでいる プロ一発屋に学ぶ「生き残りの法則50」』双葉社、2012年。  - 加筆・訂正の
    78キロバイト (11,664 語) - 2022年5月30日 (月) 16:22
    これは腹が立つな・・・・・

    1 jinjin ★ :2022/05/31(火) 00:49:17.09

    有吉弘行 歩道で肩をぶつけられ怒り 
    必死にこらえるも、まさかの正体にあ然…


    お笑いタレントの有吉弘行(47)が29日放送のJFN「有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER」(日曜後8・00)に生出演し、怒りのエピソードを語る場面があった。


    それは、有吉が街の歩道を歩いていたときのこと。
    「右端を歩いてたんですけど。(相手が)グングンとまっすぐ寄ってきて“ヤダな…”と思ってたら、バーンって肩をぶつけられて」と、まさかの出来事が。


    「(相手は)こっちを振り返りもせず、もう肩で風切ってね。悪そうな感じでもないんだけど、知らん顔していったの」と、謝罪も一切なかった。

    「ぶん殴ってやろうか!」と思ったそうだが、「こっちも仕事柄、そういうことしたらまた話題になっちゃうから」と、グッとこらえたという。


    「そこに用事が済んでまた戻ったらさ…(相手が)コンビニの店員だったんだけど」と、まさかの正体にあ然。
    「ぶん殴ってやろうかって思って!」と被せて、笑い話にしていた。


    https://news.yahoo.co.jp/articles/857fffd08df2a8b775e33941641bb1112dea3928


    前スレ
    【芸能】有吉弘行 歩道で肩をぶつけられ怒り「ぶん殴ってやろうかと思った」 必死にこらえるも、後に相手がコンビニ店員と判明しあ然…
    https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1653836422/


    【【唖然】有吉弘行 まさかの出来事に怒り爆発・・・・・】の続きを読む


    上島 竜兵 (うえしま りゅうへい、1961年1月20日 - 2022年5月11日)は、日本のお笑いタレント、俳優。ダチョウ倶楽部の大ボケ担当。本名は、上島 龍平(読み方同じ)。通称、ちゃん(先輩芸人が使用する)または、さん(若手芸人などが使用することがある)。
    39キロバイト (5,528 語) - 2022年5月15日 (日) 17:11
    奥さんには悩み打ち明けてなかったのかなあ・・・

    1 Anonymous ★ :2022/05/16(月) 10:45:31.40

    https://news.yahoo.co.jp/articles/57fd193909ef6094846ddbf1015546f4c4bbbbd4


    テレビで見るままの天性のエンタティナーを思わせるエピソードが本誌の取材に多数寄せられたが、上島さんが出演したあるCMの演出を担当した映画監督によると、2カ月ほど前、上島さんは気になる様子を見せていたという。

    「撮影の合間、放心状態のようになって部屋の隅のほうでじっと目をつぶっていたんです。ヘアメイクの子が直しを入れようと近づくと、ハッとした様子で慌てて取り繕いながら、“最近寝つけなくてね、歳なのかなあ。お酒を飲んで寝ようとしたんだけど、なかなか寝られないんだよ”と洩らしたそうです。

     とても繊細な方だったので、いろいろなことがこたえていたのかもしれませんね」

     この話を裏づけるように、昨今の世相について上島さんがあれこれと思い悩んでいたことを偲ばせる別の証言もある。

    「リアクション芸人にはやりにくい時代です。コロナ対策を徹底すれば芸のリアルさが失われるし、“熱湯風呂”もコンプライアンスの観点からできなくなってきている。このご時世にダチョウ倶楽部の芸のおもしろさをどう伝えるか、上島さんは頭を悩ませていたようです。4月におこなわれたイベントで、アクリル板越しですが久々に“キス芸”をやれたときは、嬉しそうでしたよ」(芸能事務所関係者)

     本誌が初めてダチョウ倶楽部を特写した1994年の記事でも、自らの「イジられ芸」について、「いくら上手な芸人でも俺には敵わないはず」と自信を見せていた上島さん。しかし、コロナ禍で彼もまた生きづらさにとらわれていたのかもしれない。

     ところで上島さんといえば、故・志村けんさんとの交流がよく知られている。今年3月、本誌の「寄港めし」に登場した際も、志村さんが行きつけにし、一時は上島さんと連れ立って毎日のように通っていたという東京・麻布十番の鉄板焼き店「三と十」を訪れて、「志村さんとの間では、“おネエちゃん”の話で盛り上がるけれど、最後はいつもお笑いの話になっていた」と懐かしそうに語っていた。

    「志村さんの入院中は面会にも行けなかったので、亡くなった実感もなかったけれど、三回忌を経てようやく事実として受け入れられるようになったと上島さんは言っていました。志村さんが亡くなったことで、コントをやる機会もなくなってしまうと、喪失感にかられていたようですね」(前出・芸能事務所関係者)

     そんな上島さんは、前出の映画監督とくだんのCMの発表会で3月に対面した際、「上島竜兵が主演の映画ってどう?」と監督に話を持ちかけていた。上島さんは、もともと俳優を目指して上京し、後にお笑いに転じたという経歴の持ち主。監督が「ぜひ。いつならやれますか?」と逆に聞き返すと、上島さんは急に真顔になって、志村さんのことを語りはじめたという。

    「本当は、志村さんのやるはずだった、『キネマの神様』の役がやりたかったんだよな。俺が代わりに演じられたら、志村さんへの供養にもなったんじゃないかなって。ま、そんな大役を俺が演じるのは無理だろうけどね」

     そう言って寂しげに笑う上島さんを見て、「この人は本気で芝居がやりたいんだ」と思ったのだと監督は言う。

    「上島さんが本当にやりたかった仕事は、個性的な俳優だったそうです。遠藤憲一さんみたいな独特の味のある役者に憧れているとも言っていましたね。コントで売れた人ですが、役者への思いが本物だとわかり、本気で実現させようかと考えていたんですが……」

     前出のプロデューサーは、最後に上島さんと酒席をともにした昨年暮れのことを鮮明に記憶している。

    「ずっと僕のことを“重役”と呼んでいました(笑)。帰りのタクシーに先に乗せてくれて、振り返ると直角に頭を下げていました。お礼のショートメールを送ると、『また行こうね』の一文と、慣れないからか不思議な絵文字が送られてきました。その『また』がかなわなくなるなんて……」

    「聞いてないよォ」の気持ちで喪に服しながらも、人々の心には優しい上島さんの姿が刻まれている。


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